法廷意見
令和7年(受)第933号 損害賠償請求事件令和8年6月5日 第二小法廷判決 主文 原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき、本件を高松高等裁判所に差し戻す。
理由 上告代理人馬場亮輔の上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
1 本件は、被上告人が、その妻であったAと不貞行為に及んだとする上告人に対し、不法行為に基づき、慰謝料等及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。上告人は、Aとの間に肉体関係があったことを否認するとともに、仮にそれが認められるとしても、不法行為としての故意又は過失は認められないとして争っている。
2 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
⑴ 被上告人(昭和49年生まれ)とA(昭和58年生まれ)は、平成19年7月に婚姻の届出をし、平成20年に長男を、平成23年に二男を、平成26年に長女をもうけた。
⑵ Aは、令和4年秋頃から、上告人(昭和55年生まれ)が代表者を務める会社の営む飲食店に勤務していた。上告人は、令和5年3月に妻と離婚し、同飲食店の店舗に隣接した建物を事務所兼住居(以下「上告人宅」という。)として使用していた。
⑶ 被上告人とAの夫婦関係は、被上告人が自己破産したことや被上告人が子らの面倒を余りみなかったことなどが原因でうまくいっておらず、令和5年6月頃には、同居はしていたものの、会話をすることがほとんどなく、電子メールにより互いに用件を伝え合うにとどまる関係となっていた。
⑷ 被上告人は、令和5年6月頃、Aに対し、離婚することを考えていると伝え、Aも、これに異論がなかったことから、その申出を了承した。Aは、同年7月頃、被上告人から、子らの養育費などについて弁護士に相談に行く旨を伝えられ、被上告人が着々と離婚に向けた準備を進めていると考えた。これらのやり取りも全て電子メールによって行われた。
上告人は、令和5年6月頃、Aから、被上告人との離婚を考えている旨を伝えられ、それ以降、離婚に関する相談を受けるようになった。
⑸ Aは、令和5年8月頃、被上告人から、電子メールで、以後家計を別々に管理すること及び互いのプライバシーに干渉しないことを提案され、これに同意した。Aは、これによって、被上告人とは離婚をしたのも同然の状況にあると考え、被上告人とすぐにでも離婚することができるように、離婚届の用紙を入手し、Aに関する部分に記入して、保管した(以下、このAが記入した離婚届を「本件離婚届」という。)。
⑹ Aは、上記⑷の相談を重ねるうちに上告人に好意を抱くようになり、令和5年8月頃、上告人との仲を深める意図の下、上告人に対し、本件離婚届を見せ、被上告人とは離婚するつもりであることや、被上告人から家計を別々に管理することを提案されたことを伝え、互いのプライバシーに干渉しないことを提案する被上告人との間の電子メールのやり取りを見せるなどした。Aに好意を持たれていることを意識していた上告人は、その好意に応える気持ちになり、上告人宅で一緒に食事をしたり、プライベートな会話をしたりして過ごすようになった。
⑺ Aは、令和5年10月9日午後10時8分頃、上告人と共に上告人宅に入り、翌10日午前1時38分頃まで滞在し、また、同月15日午後9時前頃から翌16日午前1時48分頃まで上告人宅に滞在した。
⑻ Aは、令和5年10月、被上告人に対し、決断を促すため、本件離婚届を渡した。被上告人とAは、同年11月14日、協議離婚をし、別居した。
3 原審は、上記事実関係の下において、要旨次のとおり判断し、被上告人の請求を一部認容した。
上告人とAは、令和5年8月頃には肉体関係を持っていたと推認されるが、上告人がAから離婚をしたとの報告を受けていた可能性は相当程度あり、上告人が、Aが既婚者であると知りながら肉体関係を持ったと認めるには足りない。
しかしながら、離婚したとか婚姻関係が破綻しているなどと虚言を弄して不貞行為に及ぶ者が多いことは世上よく知られているところであって、これを鵜呑みにするのは注意が足りないものといわざるを得ず、上告人において、Aが被上告人と離婚したと信ずるにつき相当の理由があったということはできないから、不貞行為に及んだことについて過失がある。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
前記事実関係によれば、上告人は、もともとAが被上告人と婚姻関係にあることを認識していたが、Aと肉体関係を持つまでに、Aから、被上告人と離婚するつもりであることを伝えられ、本件離婚届を見せられてもいたのであるから、Aにおいて被上告人と離婚する強固な意思があったことを認識していたというべきである。 その上、上告人は、Aから、被上告人から家計を別々に管理することを提案されたと伝えられたり、互いのプライバシーに干渉しないことを提案する旨の被上告人とAとの間の電子メールのやり取りを見せられたりもしていたのであるから、Aと肉体関係を持った当時、Aのみならず被上告人も夫婦としての婚姻共同生活を解消する意向を示していることを知り、婚姻共同生活の実体が既に失われていると認識したこともうかがわれる。以上の事実関係等を前提にすれば、上告人は、Aと被上告人が離婚したと信じたことについては相当の理由があったとはいえないとしても、その婚姻関係が既に破綻していると信じ、かつ、そう信ずるについて相当の理由があったとみる余地がある。そうすると、上告人において、Aが被上告人と離婚したと信ずるについて相当の理由があったとはいえないからといって、それだけで直ちにいわゆる不貞慰謝料の請求を認めるために必要な要素である被上告人の婚姻共同生活の平和の維持に係る権利利益を侵害したことについての過失があるということはできない。
以上によれば、上告人においてAが離婚したと信じたことについて相当の理由があったか否かを検討するにとどまり、上告人において婚姻関係が破綻していたと信じ、かつ、そう信ずるについて相当の理由があったか否かを検討することなく直ちに上告人に過失があるとした原審の判断には、過失に関する法令の解釈適用を誤った違法があるというべきである。
5 以上のとおり、原審の上記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決中、上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、更に審理を尽くさせるため、上記の破棄部分につき、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官尾島明の補足意見がある。
補足意見(尾島明)
裁判官尾島明の補足意見は、次のとおりである。
1 法廷意見のとおり、原審は、上告人がAと肉体関係を持った当時、Aから離婚をしたとの報告を受けていた可能性が相当程度あるから、上告人が、Aが既婚者であると知りながら肉体関係を持ったと認めるに足りないとし、被上告人が主張するAの不貞行為に係る上告人の不法行為の故意についてはこれを認めなかったものの、Aが被上告人と離婚したと信ずるにつき相当の理由があったということはできないとして、過失についてはこれを認め、請求を一部認容している。
本件については、原審の審理、判断、判決の在り方のいずれについても問題があると考えるので、その点について補足して意見を述べることとしたい。もっとも、これは裁判所だけの問題ではなく、当事者の訴訟活動にも関わっていることである。
2 夫婦の一方がその配偶者と肉体関係を持った第三者に対してする不法行為に基づく損害賠償請求には、⑴ 不貞行為自体を理由とする慰謝料(いわゆる不貞慰謝料)請求と、⑵ 夫婦を離婚するに至らせたことを理由とする慰謝料(いわゆる離婚慰謝料)請求とがあり得る。この両者は、訴訟物を異にするものである。
不貞慰謝料については、甲の配偶者乙と第三者丙が肉体関係を持った場合において、甲と乙との婚姻関係がその当時既に破綻していたときは、特段の事情のない限り、丙は、甲に対して不法行為責任を負わないとされる(最高裁平成5年(オ)第281号同8年3月26日第三小法廷判決・民集50巻4号993頁)。離婚慰謝料については、夫婦の一方は、他方と不貞行為に及んだ第三者に対して、当該第三者が、単に不貞行為に及ぶにとどまらず、当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情がない限り、離婚に伴う慰謝料を請求することはできないとされる(最高裁平成29年(受)第1456号同31年2月19日第三小法廷判決・民集73巻2号187頁)。
第1審判決は、事案の概要欄において、本件について、Aと上告人が不貞行為に及んだことにより被上告人がAとの離婚を余儀なくされ、精神的苦痛を被ったものと記載し、両当事者が原審の口頭弁論期日において第1審判決記載のとおりその主張を陳述したことから、原判決も、事案の概要欄に同様の記載をしている。請求権に関し、配偶者の不貞行為により離婚を余儀なくされたという記載は、離婚慰謝料の請求においてよく用いられるものではあるが、その表現だけで本件は不貞慰謝料を請求しているものではないと断ずることはできない。しかし、そのような記載は、不貞慰謝料を請求している事案については、読み手に誤解を生じさせかねない不適切なものといえる。もっとも、本件においては、請求を離婚慰謝料であると理解すると、上記平成31年判例のいう特段の事情がうかがわれないことは、当事者の主張立証自体から明らかであると思われるから、不貞慰謝料の請求をしていると理解するのが自然であろう。両当事者も、当審の口頭弁論期日において、その理解に立った上での陳述を行っている。
本件のような事案を審理する裁判所においては、訴訟物が曖昧であると思われる場合にはこれを放置せず、適切に釈明権を行使するなどして、不貞慰謝料と離婚慰謝料の違いを踏まえた明瞭な審理判断をすべきであることはいうまでもない。
3 次は、上記2のように本件を不貞慰謝料の請求であると理解する場合に、原審の判断にどのような問題があるかについてである。
第1審のように上告人とAとの間に肉体関係があったと認定できないというのであれば、それ以上の審理は不要である。また、原審のようにこれを認定した上で、被上告人とAが離婚したと信ずるについての相当の理由が上告人にあったか否かを問題にした場合に、原審とは異なり、この相当の理由が認められれば、過失なしとして請求は棄却となるのである。もっとも、原審が本件でしたように、この相当の理由を認めないのであれば、そこで直ちに請求が認められるということになるのではなく、上記平成8年判例があるので、次のような審理が必要になる。まず、被上告人とAの婚姻関係が破綻していたか否かを審理し、破綻していたとするならば、その破綻の時期と上告人がAと肉体関係を持った時期との先後関係を審理し、破綻後の肉体関係であれば、上告人の認識のいかんを問わず、それだけで請求は棄却となる。一方、破綻前の肉体関係と認められるのであれば、被上告人とAの婚姻関係が破綻していたと上告人が信ずるについての相当の理由の有無を審理しなければならない。そして、この相当の理由が認められるのであれば、過失なしとして請求棄却となり、認められない場合に初めて請求認容の余地が生ずるといえるのである。
本件においては、被上告人とAの夫婦関係が悪化してからの期間は比較的短く、また別居もしていなかったとはいえ、① 夫婦間の会話がほとんどなくなり、電子メールで用件を伝え合うようになった、② 被上告人の離婚を考えている旨の電子メールに対し、Aがその申出を了承する旨の電子メールを返信した、③ Aが上告人に離婚の相談をした、④ 被上告人がAに子らの養育費などについて弁護士に相談に行く旨の電子メールを送信した、⑤ 被上告人がAに対し、被上告人とAの家計を別々に管理し、互いのプライバシーに干渉しないことを電子メールで提案し、Aがこれに同意した、⑥ Aがすぐに離婚できるように離婚届の用紙を用意し、自分の記載箇所に記入した、⑦ Aが上告人に好意を抱き、上告人に本件離婚届を見せ、離婚の意思を伝えた、⑧ Aが上告人に上記家計別管理の提案に同意したことを伝え、また上記プライバシー不干渉を提案する電子メールも見せた、⑨ Aが被上告人に本件離婚届を渡して決断を促したところ、程なくして協議離婚が成立した等の婚姻関係の破綻をうかがわせる事実の主張立証がされているのであって、平成8年判例を踏まえて、婚姻関係の破綻の有無や時期又はその破綻を上告人が信ずるについての相当の理由について審理判断する契機は十分にあったといわざるを得ない。
上記のような状況の中で、原審は、Aが離婚したと信じたことについて上告人に相当の理由があったか否かだけを検討し、これがなかったと判断するにとどまった。そして、上告人とAが肉体関係を持った時点で被上告人とAの婚姻関係が既に破綻していたか否か、仮に破綻していたとまではいえなくても、破綻していたと信じ、かつ、そう信ずるについて上告人に相当の理由があったか否かを検討することなく、上告人に過失が認められるとして請求を一部認容した。このような原審の審理には問題があるといわざるを得ないのである。
配偶者の不貞行為に関わるその相手方である第三者に対する損害賠償請求の事件が実務上相当数あることは当裁判所にも顕著であるが、その審理に際しては、安易で紋切り型の判断に陥らないよう、裁判所及び当事者において、平成8年判例及び平成31年判例の趣旨を十分踏まえて、必要かつ適切な訴訟活動等をすることを怠ってはならない。本件の経緯に鑑みて、あえて付言する次第である。 ( 裁判長裁判官 尾島明 裁判官 三浦守 裁判官 岡村和美 裁判官 高須順一)