判決全文
令和7年(あ)第262号 公契約関係競売入札妨害被告事件令和8年9月28日 第二小法廷判決 主文 原判決を破棄する。
被告人甲の本件控訴を棄却する。
被告人乙に対する本件を札幌高等裁判所に差し戻す。
理由 検察官の上告趣意のうち、最高裁昭和30年(あ)第1479号同33年4月25日第二小法廷判決・刑集12巻6号1180頁を引用して判例違反をいう点は、同判例は所論のような趣旨まで判示したものではないから、前提を欠き、高等裁判所の判例を引用して判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その余は、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。 しかしながら、所論に鑑み、職権をもって調査すると、原判決は、刑訴法411条1号により破棄を免れない。その理由は、以下のとおりである。
第1 事案の概要
1 第1審判決が認定した犯罪事実の要旨は、「調剤薬局の経営等を業とする株式会社の北海道支店長であった被告人甲、同社の全株式を保有し調剤薬局の経営等を業とする株式会社(以下、両社を併せて「本件会社」という。)の開発統括本部長であった被告人乙及び国家公務員共済組合連合会a医療センター(以下「医療センター」という。)事務部長Aは、医療センターが企画競争により敷地内保険調剤薬局整備運営事業(以下「本件事業」という。)に関する契約(以下「本件契約」という。)の優先交渉権者を決定するとしていたことに関し、本件会社を本件契約の企画競争(以下「本件企画競争」という。)における最優秀提案者とし、本件契約の優先交渉権を得させようと考え、本件会社従業員と共謀の上、Aが被告人甲に対し、企画提案書の提出期限の経過後に、他の事業者が本件会社よりも高額の敷地賃借料等の支払を提案していることなどを教示し、支払額を増額した企画提案書を再提出するよう持ち掛けるなどして、本件会社の企画提案書を医療センターに再提出させ、もって偽計を用いて公の入札で契約を締結するためのものの公正を害すべき行為をした」というものである。
2 第1審判決の認定及び記録によれば、本件の事実関係は次のとおりである。
⑴ 本件企画競争の実施に至る経過等 Aは、敷地内薬局の開設を本件会社に依頼しようと考え、医療センターの管理者会議において、敷地内薬局の開設につき内諾を得た。その事業者の選定のためには、国家公務員共済組合法の委任を受けた国家公務員共済組合法施行規則に基づく国家公務員共済組合連合会契約規程及び同連合会経理部作成の契約事務実務指針において、公募型企画競争を実施する必要があるとされていた。そこで、A及びその部下は、本件企画競争の公募要領(以下「本件公募要領」という。)を作成するなどした。
最終的に、本件契約に関する事務について権限を有する病院長の決裁によって、本件公募要領による本件企画競争の実施、病院長やAら7名を委員とする敷地内保険調剤薬局選定委員会(以下「選定委員会」という。)の設置及び選定委員会における採点方法等が決定され、本件企画競争の実施が公告された。
⑵ 本件公募要領の要旨 本件公募要領の要旨は、以下のとおりである。
ア 本件企画競争の応募資格は、設立後20年以上が経過した法人であって、薬局の良好な運営実績及び十分な経験等を有すること、400床以上の病院の敷地内調剤薬局の運営実績を有し、現在も運営を継続していること、北海道内で24時間365日緊急時の対応が可能な薬局を有し、本件事業の調剤薬局と相互に連携できる体制があることなどの要件を全て満たす者とする。
イ 本件企画競争に応募する事業者は、①事業者の概要・経営状況(薬局運営実績、薬局運営事業の対応実績等を含む。)、②本件薬局の建築基本方針(配置、面積、設計コンセプト、設備、パース、レイアウトイメージ等)、③運営方針及び実施体制(営業日、営業時間、人的体制、在庫管理等)、④危機管理及び災害・緊急時体制(薬品の応需体制、バックアップ体制等)、⑤事業スケジュール(設計、工事から開局までのスケジュール)、⑥収支計画(本件事業の永続性及び安定性を示す事業計画)、⑦月額賃借料(平方メートル単価、算定根拠)、⑧その他自由提案(本件事業の目的に鑑み独自の提案があれば記載する。)の8項目を記載した企画提案書を、提出期限の日時までに提出する。
ウ 提出書類は返却せず部外秘とし、提出後の追加及び変更は認めないが、審査に必要な書類の提出を求める場合がある。
エ 選定委員会において、提出書類及びプレゼンテーションによる審査を行い、応募提案の企画内容、事業者等の経験、過去の実績等について総合的に評価し、優先交渉権者を決定する。審査内容は非公開とする。優先交渉権者の決定後、病院運営との調整を図るため、薬局開設に伴う協議を行う。提案内容は尊重しつつもこれに拘束されず、協議によって変更が生ずる場合がある。
⑶ 企画提案の採点方法 前記⑴の病院長の決裁において、選定委員会の各委員が本件公募要領記載の8項目について採点すること、配点は非公表で、本件公募要領記載の各項目につき、①5点、②10点、③5点、④5点、⑤5点、⑥20点、⑦30点、⑧20点の合計100点満点とすることが定められた。
⑷ 本件企画競争の実施及び本件契約の締結の経過等本件企画競争には、企画提案書の提出期限までに、本件会社を含む5社が応募した。そのうち、賃借料等について、本件会社の提案を上回るものが複数あった。
そこで、Aは、同期限が経過した後に、被告人甲に対し、他の事業者が本件会社よりも高額の賃借料等の支払を提案していることやその概算額等を教示するとともに、本件会社が提出した企画提案書を返還して、企画提案書の再提出を持ち掛けた。本件会社が修正した企画提案書を提出したところ、Aは、被告人甲に対し、賃借料等の記載方法を改めるよう指摘し、本件会社は、再修正した企画提案書を提出した。
本件企画競争に応募した5社のうち、1社は書類選考で不合格とされ、その余の4社がそれぞれ個別にプレゼンテーションを実施し、この4社について、選定委員会委員7名がそれぞれ採点を行った。前記⑦月額賃借料の項目については、医療センターが20年間に得られる総収入1億円につき1点とする基準によって医療センター事務部があらかじめ機械的に計算した点数によって採点された。
採点の結果、いずれの委員も本件会社を最高得点とし、7名の委員が付けた得点の合計が最高であった本件会社が本件企画競争における最優秀提案者に選出された。本件会社は、医療センターとの交渉を経て、再修正後の企画提案書とほぼ同内容で本件契約を締結した。
なお、本件企画競争の結果は、個々の委員の採点内容も含めて病院内の決裁に付されており、本件契約は、国家公務員共済組合連合会契約監視委員会に対する報告等の対象であった。
第2 第1審判決及び原判決の要旨
第1審判決は、本件企画競争は、刑法(令和4年法律第67号による改正前のもの。以下同じ。)96条の6第1項にいう「入札で契約を締結するためのもの」に当たるとして、公契約関係競売入札妨害罪の成立を認めた。
これに対し、原判決は、本件企画競争は、刑法96条の6第1項にいう「入札で契約を締結するためのもの」に当たらず、第1審判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあるとして、第1審判決を破棄し、被告人両名に無罪を言い渡した。
第3 当裁判所の判断 しかしながら、原判決の前記判断は是認することができない。その理由は、以下のとおりである。
1 入札が自由競争の原理に基づいて契約の相手方を選定する方法であることに鑑みれば、法令又は内規に基づく方法によって契約の相手方を選定することが権限ある機関によって適法に決定された場合において、当該方法が競争入札の実質を有するときは、当該方法は刑法96条の6第1項にいう「入札で契約を締結するためのもの」に当たると解するのが相当である(前記最高裁昭和33年4月25日第二小法廷判決参照)。
2 前記第1の2の事実によれば、本件企画競争は、本件契約に関する権限を有する病院長により適法に実施が決定された、国家公務員共済組合連合会の内規に基づく公募型企画競争であることが明らかである。
そこで、本件企画競争が競争入札の実質を有するかどうかについて検討する。
⑴ 前記第1の2の事実によれば、本件企画競争は、応募者が互いに他の応募者の申し出る内容を知らないで自己の申出を行うことにより応募者に競争をさせるものであると認められる。
⑵ 応募者に対しては、本件公募要領において前記8項目が明らかにされており、競争に付す事項が具体的に示されている。本件事業が施設の敷地の一部を賃貸して営業をさせるという一般的なものであることも踏まえると、競争に付す事項は、自由提案の項目を除き、医療センターの経済的利益及び開設される薬局の運営により資するものかどうかという合目的的な観点から、客観的かつ公平に優劣を比較することが可能な性質のものといえる。
これに加え、本件企画競争の応募資格が薬局運営の実績等の豊富な法人に限られていることも併せ考えれば、採点基準が公表されていないとしても、応募者は、競争に付す事項についての優劣の評価が、前記のような合目的的な観点から行われると容易に予測できたと認められる。
⑶ 競争に付す事項についての優劣の評価方法をみても、本件公募要領記載の8項目自体が一定程度具体的な基準を示しており、内部的には、月額賃借料の項目につき一律の数値基準によって採点が行われた。非公表とされた配点の割合も、医療センターの経済的利益の多寡に関連する項目の配点を合計5割とするなど、前記のような合目的的な観点に沿うものであった。これらによれば、本件企画競争における評価の基準には、相当程度の客観性、公平性が備わっていたと認められる。
その上、7名の評価者が付けた得点の合計により評価が行われ、その結果が事後的な決裁等の対象ともされるなど、評価の方法において客観性、公平性を担保する方策がとられていたことも併せ考えれば、本件企画競争における優劣の評価方法には、客観性、公平性があったと認めることができる。
⑷ そして、前記第1の2の事実によれば、本件企画競争により優先交渉権者が決定した後の交渉において、企画提案書に示された契約条件を大きく変更することは予定されていなかったと認められるから、本件企画競争は、競争に付す事項についての優劣の評価の順に従って本件契約の相手方を選定するものであったと認められる。
⑸ 以上の事実関係の下では、本件企画競争は、競争入札の実質を有するということができるから、刑法96条の6第1項にいう「入札で契約を締結するためのもの」に当たると解するのが相当である。
なお、原判決は、本件企画競争は、本件契約の優先交渉権者を決定するにとどまるものであるから、刑法96条の6第1項にいう「契約を締結するためのもの」には当たらないとした。しかし、同項にいう「契約を締結するためのもの」という文言は、「入札で」の文言と一体として、公契約に関する同項の構成要件と、強制執行に関する同法96条の4の構成要件とを区別する趣旨のものにすぎず、それ以上に同法96条の6第1項の罪の成立範囲を限定するものではないと解されるから、本件企画競争が本件契約の優先交渉権者を決定するものであるとしても、そのことによって「入札で契約を締結するためのもの」に当たることが否定されるものではない。
3 以上によれば、原判決の判断には、刑法96条の6第1項にいう「入札で契約を締結するためのもの」の解釈適用を誤った違法があり、この違法が判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。
よって、刑訴法411条1号により原判決を破棄することとし、以上の検討によれば、被告人甲について公契約関係競売入札妨害罪の成立を認めた第1審判決の判断は是認することができ、被告人甲に対する第1審判決はこれを維持するのが相当であるから、同法413条ただし書、414条、396条により被告人甲の控訴を棄却することとし、一方、被告人乙に対する本件については、原判決が判断を示さなかった被告人乙の事実誤認の控訴趣意について審理を尽くさせるため、同法413条本文に従い、これを札幌高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
検察官小松武士、同西澤芳弘、同竹村真弓公判出席( 裁判長裁判官 岡村和美 裁判官 三浦守 裁判官 尾島明 裁判官 高須順一)