法廷意見
令和7年(受)第1337号 建物明渡等請求事件令和8年9月14日 第二小法廷判決 主文 本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
第1 事案の概要
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
⑴ 上告人及びその夫であるAは、平成23年3月11日当時、宮城県気仙沼市内の住宅に居住していたが、同日発生した東日本大震災により、同住宅は全壊した。
⑵ 被上告人は、宮城県知事からの要請等を受けて、平成23年4月、東日本大震災の被災者のうち気仙沼市において被災した者を対象として、被上告人が所管する区民住宅等について、地方自治法238条の4第7項に基づく目的外使用としてその用途又は目的を妨げない限度において入居の許可をすることを決定した。
上告人及びAは、同年5月、被上告人から、東京都目黒区所在の借上型区民住宅の1戸(以下「当初建物」という。)について、使用料等を免除した上で、使用期間を同年11月までとする一時使用許可を受け、同年8月頃までに当初建物に入居した。上告人及びAは、上記の一時使用許可及びその後更新された一時使用許可に基づき、当初建物での居住を継続した。被上告人が上告人及びAを含む気仙沼市の被災者にしていた住宅の提供は、平成25年4月以降、災害救助法に基づく応急仮設住宅の供与として取り扱われている。
なお、Aは、気仙沼市に対して災害公営住宅への入居を申し込み、同年10月に入居地区が確定し、平成28年6月には入居すべき居室も確定していたが、実際に入居することはなかった。
⑶ 被上告人は、平成27年7月、Aに対し、当初建物の借上期間が満了する平成28年9月までには当初建物からの退去が必要となること、入居継続を希望する場合には、被上告人が指定する住宅に転居することになり、転居先を選択することはできないこと、転居先候補には東京都目黒区所在の被上告人が所有する区民住宅である目黒区立a住宅(以下「本件住宅」という。)が含まれることなどを通知した。被上告人は、平成27年10月、Aに対し、当初建物の借上期間が満了する平成28年9月までに本件住宅の606号室(3DK、床面積63.15㎡。以下「本件建物」という。)に転居することを条件として、当初建物の一時使用許可の更新申請を許可した。
上告人及びAは、同月、当初建物から本件建物に転居した。その際、被上告人から本件建物以外の転居先候補の提示はなく、本件建物の使用料額及び退去の際の損害金額の説明もなかった。
⑷ Aは、平成28年10月、被上告人から、本件建物について、使用期間を平成29年5月23日から平成30年3月31日までとする一時使用許可を受けた。 Aは、上記の一時使用許可の申請に当たり、使用期間が終了するまでには必ず本件建物から退去することに同意したが、平成29年4月頃以降、脳梗塞を発症するなど体調が悪化した。
⑸ 宮城県知事は、平成29年8月、東京都知事に対し、Aを含む県外応急仮設住宅入居者につき、平成30年3月31日をもって住宅の供与が終了となる旨を通知した。これを受けて、被上告人は、平成29年9月、Aに対し、本件建物の使用期間は平成30年3月31日をもって終了し同日までに退去する必要がある旨を通知した。
これに対し、上告人は、平成29年9月頃以降、被上告人に対し、Aの病状を説明するなどして、本件建物から退去することは困難であるなどとの相談を複数回行い、その際、気仙沼市での公営住宅への入居、都営住宅への入居、生活保護制度の利用等の方策が話題になったが、いずれも実現しなかった。
⑹ Aは、平成30年1月以降、入院することとなった。被上告人は、同年2月、Aに対し、本件建物からの退去期限が同年3月31日であることを再度通知するとともに、転居先として、民間賃貸住宅及び東京都住宅供給公社の一般賃貸住宅の情報提供を行う旨を説明するなどした。
被上告人は、同年3月、上告人及びAに対し、本件建物から退去しなかった場合、同年4月1日以降は日額6410円の弁償金が発生する旨などを通知するとともに、転居先の参考として上記公社の一般賃貸住宅の情報を提供した。被上告人は、同年6月にも、上告人及びAに対し、本件建物への入居継続は認められない旨及び同年4月1日以降の日額6410円の弁償金を請求することになる旨を通知するとともに、同年6月30日までに本件建物から退去した場合には上記弁償金を免除する旨を通知したが、上告人及びAは、本件建物から退去しなかった。
⑺ Aは、平成30年6月時点で、廃用症候群、胃がん等との診断を受け、同年10月に死亡した。
⑻ 上告人は、令和3年10月19日、被上告人に対して本件建物を明け渡した。
2 本件は、被上告人が、上告人は平成30年4月1日から令和3年10月19日まで本件建物を権原なく占有したと主張して、上告人に対し、使用料等相当損害金の支払を求める事案である。
第2 上告代理人山川幸生の上告受理申立て理由第3について所論は、被上告人が上告人に対して本件建物からの退去を求めることは権利の濫用又は信義則違反により違法と評価されるから、反射的に上告人の占有権原が認められ、被上告人の上告人に対する本件建物の使用料等相当損害金の請求は認められないにもかかわらず、これを肯定した原審の判断には、法令の解釈適用の誤りがあるというものである。
しかしながら、そもそも、仮に被上告人が上告人に対して本件建物からの退去を求めることが権利の濫用又は信義則違反に当たるとしても、これにより、上告人が本件建物を占有することによる使用料等相当損害金が発生しないことになるものではないから、所論は前提を欠くというべきである。前記事実関係の下において、被上告人の上告人に対する本件建物の使用料等相当損害金の請求を認容すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。
第3 結論 以上によれば、論旨は採用することができない。なお、その余の上告受理申立て理由は、上告受理の決定において排除された。
よって、裁判官三浦守の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
反対意見(三浦守)
裁判官三浦守の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見と異なり、原審の判断には、災害救助法等の法令の解釈を誤った結果、必要な審理を尽くさなかった違法があり、これは、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決を破棄し、事件を原裁判所に差し戻すのが相当と考える。以下、理由を述べる。
1 国際約束等 経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下「社会権規約」という。)11条1項は、締約国に対し、自己及びその家族のための相当な食糧、衣類及び住居を内容とする相当な生活水準についての並びに生活条件の不断の改善についての全ての者の権利を認め、この権利の実現を確保するために適当な措置をとることを義務付けている。また、国内避難に関する指導原則(E/CN.4/1998/53/Add.2)は、災害により避難を余儀なくされた者を含む国内避難民について、国内当局が、国内避難民に保護及び人道的援助を提供する一義的な義務及び責任を有する旨、国内避難民が、これらの当局による保護及び人道的援助を要請し及び受ける権利を有する旨等を定めるものであり、国内避難民を保護するための重要な国際的枠組みとされている。
東日本大震災(以下「本件災害」という。)の被災者の保護に関する関係法令の解釈適用については、社会権規約及び国内避難に関する指導原則の趣旨を踏まえてこれを行うことが相当である(最高裁令和6年(受)第1046号同8年1月9日判決・裁判所時報第1879号8頁に係る私の反対意見(以下「令和8年判決反対意見」という。)第2の1参照)。
2 災害救助法等の法令の解釈
⑴ 災害救助法(平成30年法律第52号による改正前のものをいう。以下同じ。)は、災害に際して、国が地方公共団体等及び国民の協力の下に、応急的に、必要な救助を行い、被災者の保護と社会の秩序の保全を図ることを目的とするところ(1条)、同法による応急仮設住宅の供与(同法4条1項1号)について、これを供与できる期間は、建築基準法(平成30年法律第67号による改正前のものをいう。以下同じ。)85条3項又は4項に規定する期限までとされ(災害救助法施行令(平成30年政令第359号による改正前のものをいう。以下同じ。)3条1項、「災害救助法による救助の程度、方法及び期間並びに実費弁償の基準」(平成25年内閣府告示第228号(平成30年内閣府告示第51号による改正前のものをいう。)2条2号)、最長で2年3か月である。もっとも、著しく異常かつ激甚な非常災害であって、当該非常災害に係る応急仮設住宅の入居者の居住の安定に資するための措置を講ずることが特に必要と認められるものが発生した場合において、当該非常災害が特定非常災害として政令で指定されたときは、上記期間を延長することができる(特定非常災害の被害者の権利利益の保全等を図るための特別措置に関する法律(平成30年法律第67号による改正前のものをいう。以下「特定非常災害特措法」という。)2条、8条)。そして、民間賃貸住宅を借り上げて供与するなど適切な方法により供与する応急仮設住宅についても、上記に準じ、都道府県知事は、被災者の住宅の需要に応ずるに足りる適当な住宅が不足するため建築基準法85条4項に規定する期間を超えて当該被災者の居住の用に供されている応急仮設住宅である住宅を使用する必要があると認めるときは、当該応急仮設住宅を供与できる期間を1年ごとに延長することができるものと解され、この場合、内閣総理大臣に協議し、その同意を得た上で、上記期間を延長することになる(災害救助法施行令3条2項)。
本件災害は、著しく異常かつ激甚な非常災害であって、当該非常災害に係る応急仮設住宅の入居者の居住の安定に資するための措置を講ずること等が特に必要と認められるものとして政令で指定された(東日本大震災についての特定非常災害及びこれに対し適用すべき措置の指定に関する政令(令和4年政令第203号による改正前のものをいう。)1条、2条)。
⑵ 災害救助法による応急仮設住宅の供与は、災害により居住する住家を失い自らの資力では住家を得ることができない被災者に対し、応急的に住宅を供与することにより、当該被災者の居住の安定に係る利益の保護等を図るものであり、その間、できる限り早期に安定した住宅の確保が図られるよう、被災者の住宅の需要を的確に把握するとともに、その需要に応ずるに足りる適当な住宅を確保し、十分な情報を提供するなど、必要な支援を行うことを前提にするものと解される。
そして、特定非常災害特措法8条等により応急仮設住宅を供与できる期間を延長する措置は、応急仮設住宅の入居者の居住の安定に資するための措置を講ずることが特に必要と認められる特定非常災害において、被災者の住宅の需要に応ずるに足りる適当な住宅が不足するため、所定の期間を超えて、当該被災者の居住の用に供されている応急仮設住宅を使用する必要がある場合に、上記措置により、当該被災者の居住の安定に係る利益の保護等を図るものと解される。
このような応急仮設住宅の供与の期間についての判断は、被災者の住宅の需要に応ずるに足りる適当な住宅が不足する状況その他災害における救助等に関する専門的、技術的な知見を要すること等に鑑み、都道府県知事の合理的な裁量に委ねられるものと解される。
もっとも、災害により居住する住家を失い自らの資力では住家を得ることができない被災者は、それぞれ、被災及び避難の状況、避難の継続又は帰還についての意向、家族関係・健康状態・就労状況その他生活の状況、安定した住宅の確保に関する事情等は様々であり、当該被災者の居住の用に供されている応急仮設住宅を使用する必要性も大きく異なる。
取り分け、著しく異常かつ激甚な非常災害であって、当該非常災害に係る応急仮設住宅の入居者の居住の安定に資するための措置を講ずることが特に必要と認められる特定非常災害においては、多数の被災者の避難が広域かつ長期間に及ぶなどして、被災者の安定した住宅の需要が被災地域及びその周辺(以下「被災地域等」という。)に限られないこと等にも鑑みると、所定の期間を超えて当該被災者の居住の用に供されている応急仮設住宅を使用する必要性に関し、被災地域等における住宅の供給状況等を重視して一律に判断することは困難である。
何より、被災者にとって、生活の基盤を失って避難するという経済的にも精神的にも困難な状況の下で、その居住の安定に係る利益は、生存の基礎であって個人の尊厳及び幸福追求に関わる問題である。社会権規約及び国内避難に関する指導原則の趣旨を踏まえ、災害対策基本法の定める基本理念及び責務にも鑑みると(同法2条の2第5号、3条1項、4条1項等)、上記特定非常災害における応急仮設住宅の供与の期間については、当該応急仮設住宅を使用する必要性に関し、被災地域等を超えた広域における住宅の供給状況等を踏まえ、当該被災者の具体的な事情を適切に考慮してこれを判断しなければならないものと解される(令和8年判決反対意見第2の2参照)。