法廷意見
令和5年(行ヒ)第366号 所得税更正処分等取消請求事件令和8年6月16日 第三小法廷判決
(処分行政庁の表示)
被上告人 国処分行政庁 渋谷税務署長 A 主文 本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由 上告代理人高木施文の上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
1 上告人は、外国の金融機関に自己の資産の運用を一任していたところ、上記運用の一環として、運用対象資産に属する外国通貨によって他の種類の外国通貨や外国通貨建ての有価証券を取得する取引が行われた。本件は、上告人が、渋谷税務署長から、上記取引により為替差損益に係る雑所得が生じているとして、平成26年分及び平成27年分の所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」という。)の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分を受けたため、被上告人を相手に、上記各処分(ただし、後記2⑶の再調査の請求に対する決定によりその一部が取り消されたものについては、上記取消し後のもの)の取消し(上記各更正処分については上告人が主張する額を超える部分の取消し)を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
⑴ 居住者である上告人は、平成26年5月27日、スイス連邦に本店を置く金融機関(以下「本件外国金融機関」という。)の上告人名義の預金口座に合計105億円を送金し、同年7月18日、本件外国金融機関にその運用を一任した。
⑵ 本件外国金融機関は、平成26年7月から平成27年12月までの間、上記運用の一環として、運用対象資産に属する外国通貨によって他の種類の外国通貨や外国通貨建ての有価証券を取得する取引(以下「本件各取引」という。)を行った。
⑶ 上告人は、本件各取引から所得が生じないことを前提に、平成26年分及び平成27年分の所得税等の各確定申告をした。これに対し、渋谷税務署長は、本件各取引により為替差損益に係る雑所得が生じているなどとして、平成30年9月26日付けで、上記各年分の所得税等の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をした。
上告人が上記各処分を不服として再調査の請求をしたところ、東京国税局長は、令和元年6月10日付けで、平成26年分の所得税等の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分に係る再調査の請求を棄却し、平成27年分の所得税等の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分の各一部を取り消す旨の決定をした。
3 所論は、外国通貨により他の種類の外国通貨又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引が行われても、為替変動のリスクが依然として存在し、為替差益は確定しないから、本件各取引に係る為替差益に課税することは、未確定、未実現の利益に課税するものとして許されず、上記為替差益を本件各取引が行われた日の属する年における「収入すべき金額」(所得税法36条1項)とし、平成26年及び平成27年において本件各取引により為替差益に係る所得が生じているとした原審の判断には、同法の解釈適用の誤りがある旨をいうものである。
4⑴ 所得税法は、所得を外部からの経済的価値の流入という収入の形態で捉え、原則として、収入の形態で実現した利得のみを課税の対象とするとともに(36条1項参照)、収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があったものとして、同権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算するという建前を採用しているものと解される(最高裁昭和50年(行ツ)第123号同53年2月24日第二小法廷判決・民集32巻1号43頁等参照)。
そして、所得税法は、各種所得の計算に当たって控除される各種控除額を全て本邦通貨の額面価格の単位である円で表示し(21条1項、28条3項、32条4項、33条4項、34条3項等)、外貨建取引を行った場合には、当該外貨建取引の金額の円換算額は当該外貨建取引を行った時における外国為替の売買相場により換算した金額として、各種所得の金額を計算すべき旨を定める(57条の3第1項)など、所得金額及び所得税額の計算について本邦通貨の額面価格の単位を基準に行うことを当然の前提としている。そうすると、所得税法は、所得の把握についても本邦通貨の額面価格の単位を基準に行うことを予定しているものというべきである。このことは、所得税を含む国税に関し、その課税標準や確定金額の端数計算について端数が円で表示されていること(国税通則法118条、119条)や、原則として金銭により納付しなければならないものとされており(同法34条1項本文)、我が国において強制通用力を有する本邦通貨による納付が求められていると解されることとも整合的である。
⑵ 以上を踏まえると、ある外国通貨により他の種類の外国通貨又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引が行われた場合、変動する外国為替の売買相場の下で本邦通貨との関係において変動していたある外国通貨の経済的価値が、上記取引により他の種類の外国通貨又は有価証券の経済的価値をもって固定化され、他の種類の外国通貨又は有価証券の経済的価値が流入することによって、ある外国通貨の取得時の経済的価値を上回る部分が実現した利得となるとともに、上記取引時に他の種類の外国通貨又は上記有価証券に係る権利が収入の原因となる権利として確定することから、その時点における他の種類の外国通貨の金額又は有価証券の価額の円換算額(所得税法57条の3第1項参照)を同法36条1項にいう「収入すべき金額」とすべきこととなる。
⑶ そうすると、居住者が、外国通貨により他の種類の外国通貨又は同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引を行った場合、上記取引を行った日の属する年分の所得の金額の計算上、上記取引時における他の種類の外国通貨の金額又は有価証券の価額の円換算額が「収入すべき金額」となると解するのが相当である。そして、上記円換算額から支払に用いた外国通貨を得るのに要した金額等を控除した金額が、上記取引に係る所得の金額となるというべきである。
5 以上によれば、上告人には平成26年及び平成27年において本件各取引により為替差益に係る所得が生じているとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官林道晴、同渡辺惠理子、同石兼公博の各補足意見がある。
補足意見(林道晴)
裁判官林道晴の補足意見は、次のとおりである。
私は、法廷意見に賛同するものであるが、補足して意見を述べておきたい。外国通貨によって他の種類の外国通貨や同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引が行われた場合、変動する外国為替の売買相場の下で、本邦通貨との関係においてある外国通貨の経済的価値が変動をしていたところ、上記取引により、これが他の種類の外国通貨又は有価証券の経済的価値をもって固定化され、他の種類の外国通貨又は有価証券の経済的価値が流入することによって、ある外国通貨の取得時の経済的価値を上回る部分が実現した利得となるとともに、上記取引時に他の種類の外国通貨又は上記有価証券に係る権利が収入の原因となる権利として確定することになり、その時点における他の種類の外国通貨の金額又は有価証券の価額の円換算額(所得税法57条の3第1項)を同法36条1項の「収入すべき金額」と解すべきことになる。
しかし、それは飽くまでも為替差損益に係る課税について明文の規定がなく、外国通貨によって他の種類の外国通貨や同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引に係る所得の把握についても本邦通貨の額面価格の単位を基準に行うほかない現行法を前提とする解釈論にとどまる。外国通貨建ての投資や国際取引が日常的に活発に行われている現状において、所得の把握を常に本邦通貨の額面価格の単位を基準に行うこと自体に問題がないかも含めて、外貨建取引に係る所得税の課税の在り方を改めて検討すべき時期に来ていると考えられる。仮に、所得の把握を常に本邦通貨の額面価格の単位を基準に行う方針を維持するとしても、為替差益に係る所得の実現時期や、外貨建取引に係る「収入すべき金額」、必要経費等について定める規定を設けることなく、これを所得税法36条1項等の一般的な解釈適用に委ね、外貨建取引が行われた場合の円換算額の計算規定にとどまる同法57条の3を設けるにとどめていることは、租税法律主義の観点から望ましい状況とは考えられないし、日本の租税政策に対する国際社会からの信頼を損なう現象が出てくる可能性も否定できない。
なお、所得税基本通達には、外貨建取引を取引発生時には外国通貨で記録し、各月末等一定の時点において損益計算書等の項目を本邦通貨に換算するといういわゆる多通貨会計を採用している居住者について、所得税法57条の3の規定の適用に当たって、規則性を有する1月以内の一定期間ごとの一定の時点において本邦通貨への換算を行い、当該一定の時点を当該外貨建取引に係る取引発生時であるものとし、その際の円換算に係る為替相場について、当該一定期間を基礎として計算した平均値も使用することを認める旨の定めや、国外において雑所得等を生ずべき業務を行う個人で、当該業務に係る損益計算書等を外国通貨表示により作成している者について、継続適用を条件として、当該業務に係る損益計算書等の項目の全てを当該年の年末における為替相場により換算することを認める旨の定めがある。これは、外貨建取引に係る企業会計(「外貨建取引等会計処理基準」(昭和54年6月26日企業会計審議会))に従ったそのような処理を認める法人税に係る取扱いについて定める法人税基本通達の定めに倣ったものと解される。
しかし、法人税法においては、当該事業年度の収益並びに費用及び損失の額は、別段の定めがあるものを除き、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるものとする旨を定める規定(22条4項)があり、この規定の解釈適用を通じて、上記のような会計上の取扱いを同法に読み込む余地があるのに対し、所得税法には同項に相当する規定はない。所得税に係る所得の実現等に関しては、同法36条1項しかよりどころがなく、また、外貨建取引の円換算について当該取引を行った時における外国為替の売買相場により換算すべき旨を定める同法57条の3第1項の定めと上記の所得税基本通達を整合的に解することができるのかも問題になり得る。いずれにしても、所得税法独自の観点から、為替差損益に係る課税の在り方について、「収入すべき金額」、収入すべき権利、具体的な所得の計算方法等の在り方、例外的取扱いを認めるのであればその要件や内容について抜本的に検討し、必要な法的な手当てを講じていくことが強く望まれているというべきである。
裁判官渡辺惠理子、同石兼公博は、裁判官林道晴の補足意見に同調する。 ( 裁判長裁判官 林道晴 裁判官 渡辺惠理子 裁判官 石兼公博 裁判官 平木正洋 裁判官 沖野眞已)