法廷意見
令和6年(行ヒ)第160号 所得税更正処分取消等請求事件令和8年6月23日 第三小法廷判決
(処分行政庁の表示)
上告人 国処分行政庁 杉並税務署長 C 主文 原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由 上告代理人春名茂ほかの上告受理申立て理由(ただし、排除されたものを除く。)について
1 被上告人らは、A(以下「A」という。)から金融機関に対する借入金債務を相続したが、同債務は、同相続後に免除の効力が生じたことにより消滅した。本件は、被上告人らが、所轄税務署長から、上記免除により受けた経済的利益は一時所得に当たるとして、それぞれ、所得税及び復興特別所得税に係る更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定(以下、併せて「本件各処分」という。)を受けたため、上告人を相手に、本件各処分(更正処分については申告額を超える部分)の取消しを求める事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
⑴ 所得税法(令和3年法律第11号による改正前のもの)9条1項16号(以下「本件規定」という。)は、相続、遺贈又は個人からの贈与(以下、併せて「相続等」という。)により取得するもの(相続税法の規定により相続等により取得したものとみなされるものを含む。)を非課税所得とする旨を定めている。また、相続税法14条1項は、相続税の課税価格に算入すべき価額からその金額を控除すべき債務は、「確実と認められるもの」に限る旨を定めている。
⑵ 株式会社三和銀行(以下、商号変更等の前後を通じて「本件銀行」という。)は、平成5年9月6日付けでB(以下「B」という。)を借主、その子であるAを保証人として16億円を貸し付けたとして(以下、この貸付けを「本件貸付け」という。)、平成14年2月15日、B及びAを被告として、本件貸付けに係る元金16億円等の支払を求める訴訟(以下「前訴」という。)を提起した。
⑶ Bは、平成14年10月23日に死亡し、その相続人であるA及びその子でありBの養子でもある被上告人X 1 (以下「被上告人X 1 」という。)ら(以下「B相続人ら」という。)が、前訴を承継した。
⑷ 本件銀行とB相続人らは、平成16年4月15日、前訴において、次の内容を含む訴訟上の和解をした。
ア B相続人らは、本件銀行に対し、本件貸付けに係る借入金債務を法定相続分に従って支払う義務があることを確認し、Aは、他のB相続人らの本件銀行に対する同債務を引き受け、他のB相続人らはこれを承認する。
イ Aは、本件銀行に対し、上記アの債務を、①平成16年9月30日限り3億7130万円、②平成18年12月31日限り2億5000万円、③平成19年から平成28年まで毎年6月30日限り各50万円(合計500万円)、④平成28年7月31日限り9億7370万円に分割して支払う。
ウ 本件銀行は、Aが、本件銀行に対し、上記イの分割金のうち①~③の合計6億2630万円を期限の利益を失うことなく支払ったときは、Aに対し、同④の9億7370万円の支払義務を免除する。
エ Aが上記イの分割金の支払を怠り、本件銀行がその履行を請求してから1週間以内に遅滞した全額を支払わないときは、Aは当然に期限の利益を失い、本件銀行に対し、直ちに、上記イの総額から既払金を控除した残金及びこれに対する遅延損害金を支払う。
⑸ Aは、本件銀行に対し、上記⑷イ①及び②の分割金並びに同③のうち平成19年から平成26年までの分の分割金を、期限の利益を失うことなく支払った。
⑹ Aは、平成26年10月27日に死亡し、Aの妻である被上告人X 2(以下「被上告人X 2 」という。)及び被上告人X 1 ら(以下、被上告人X 2 と併せて「A相続人ら」という。)が、Aを相続した(以下、この相続を「本件相続」という。)。
⑺ 本件銀行とA相続人らは、平成27年6月24日、被上告人X 1 が上記⑷イの分割金の残額である9億7470万円の支払債務を免責的に引き受け、被上告人X2がこれを重畳的に引き受ける旨の債務引受契約を締結した。
⑻ A相続人らは、平成27年8月12日、本件貸付けに係る残債務については、被上告人らがそれぞれ2分の1ずつ承継する旨の遺産分割協議を成立させた。
⑼ 被上告人らは、本件銀行に対し、上記⑷イ③の分割金として、平成27年6月25日に50万円、平成28年6月15日に50万円をそれぞれ支払い、これによって、同日、同④の分割金9億7370万円の支払債務(以下「本件債務」という。)について免除の効力が生じた。
⑽ 被上告人らは、本件相続に係る相続税の申告において、当初、上記⑺の支払債務を各2分の1の割合で相続したとして、その金額を課税価格に算入すべき価額から控除していたが、平成29年5月12日、これを控除しない旨の内容を含む修正申告をした。
⑾ 所轄税務署長は、平成30年4月25日、被上告人らに対し、本件債務の免除により受けた各自4億8685万円(本件債務の金額の2分の1)の経済的利益が一時所得に当たるとして、本件各処分をした。
3 原審は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断し、本件各処分の取消請求を認容した。
相続税の課税価格の算定に当たり、相続税法14条1項の「確実と認められるもの」に当たらず、担税力を減殺させるものではないとして控除されなかった債務が相続開始後に免除を受けたからといって、これによって債務者に新たな担税力が生じると解するのは相当でない。被相続人から相続した債務であって、相続税の課税価格の算定に当たり、近い将来に免除を受ける可能性が極めて高いこと等を理由に同項によって課税価格に算入すべき価額から控除されなかったものが、その後に免除された場合は、当該債務免除に係る相続人の利益は、形式的には当該債務免除を受けた時点で発生したものといえるとしても、所得税との関係では、潜在的には相続により取得していたものとみることが可能である。また、当該債務免除に係る相続人の利益は、相続により取得した財産のうち控除されなかった上記債務に相当する部分の経済的価値と実質的に同一のものということができる。そうすると、特段の事情のない限り、これに所得税を課すことは本件規定に反するものとして許されないというべきである。本件において上記特段の事情は見当たらないから、本件債務が免除されたことによる利益に所得税を課すことは、本件規定に反し許されない。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
本件規定にいう「相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの」とは、相続等により取得し又は取得したものとみなされる財産そのものを指すのではなく、当該財産の取得によりその者に帰属する所得を指すものと解される。そして、当該財産の取得によりその者に帰属する所得とは、当該財産の取得の時における価額に相当する経済的価値にほかならず、これは相続税又は贈与税の課税対象となるものであるから、本件規定の趣旨は、相続税又は贈与税の課税対象となる経済的価値に対しては所得税を課さないこととして、同一の経済的価値に対する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除したものであると解される(以上につき、最高裁平成20年(行ヒ)第16号同22年7月6日第三小法廷判決・民集64巻5号1277頁参照)。
本件においては、被上告人らがAを相続した後に本件債務の免除の効力が生じたのであるから、被上告人らが、これによる経済的利益を相続等により取得したということはできない。そして、本件相続に関し、本件債務が相続税法14条1項所定の「確実と認められるもの」に当たらず、相続税の課税価格に算入すべき価額からその金額が控除されないとしても、本件相続後に本件債務が消滅することによって生ずる経済的価値に対して相続税が課されるものではないから、上記経済的利益に所得税を課すことは、同一の経済的価値に対し相続税と所得税とを二重に課すものとはいえず、本件規定の上記趣旨に反するものではないというべきである。
したがって、本件債務の免除により被上告人らが受ける経済的利益は、本件規定所定の非課税所得には当たらず、上記経済的利益に所得税を課すことが、本件規定に反するということはできない。
5 これと異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、その余の点について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官石兼公博の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官平木正洋、同沖野眞已の補足意見がある。
補足意見(平木正洋)
裁判官平木正洋の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に賛同するものであるが、原判決を支持する石兼裁判官の反対意見があることを踏まえ、意見を述べておきたい。
1 原判決は、被上告人らが本件債務を免除されたことによって受けた利益(以下「本件債務免除益」という。)は、被上告人らがAから相続した財産のうち、相続税法14条1項にいう「確実と認められるもの」に当たらないとして控除されなかった本件債務に相当する部分の経済的価値と実質的に同一のものと評価できるという点を重視して、本件債務免除益に所得税を課すことは許されないとしている。
2 本件では、被上告人らがAを相続した後に本件債務の免除の効力が生じたのであるが、原判決のように経済的価値を問題にするのであれば、⑴Aが存命中に本件債務の免除の効力が生じたと仮定した場合(以下「仮定事例」という。)の課税関係と、⑵原判決の考え方による課税関係とを、経済的価値の観点から比較検討してみることも有益であろう。というのも、仮定事例の課税関係は、本件債務の免除等を内容とする債務引受契約(多数意見2⑺参照)が履行された場合に本来想定されていた課税関係であるからである。
⑴ 仮定事例においては、本件債務は免除されて消滅したから、①Aに対しては、本件債務免除益に所得税が課されることとなり、②その後に被上告人らがAから相続した財産から本件債務は控除されず、そのような相続財産について被上告人らは相続税を課されることとなる(納税者がAであるという違いはあるものの、本件債務免除益は所得税の課税対象となっている。)。
⑵ これに対して、原判決の考え方によれば、①仮定事例と同様に、本件債務は相続財産から控除されず、そのような相続財産について被上告人らは相続税を課されることとなるものの、②仮定事例とは異なり、本件債務免除益に所得税は課されないことになる。このような原判決の考え方の下では、本件債務免除益が明らかに発生しているにもかかわらず、相続という事象を経ることによって、だれも本件債務免除益に係る所得税を納税しないという結果を招いており、仮定事例における課税関係との均衡を欠いている。
3 ちなみに、本件の第1審判決は、①本件債務は相続財産から控除されず(相続税法14条1項)、そのような相続財産について被上告人らは相続税を課されるとともに、②被上告人らに対しては、本件債務免除益に所得税が課されることとなる旨判断しており、仮定事例における課税関係と整合的なものであるといえよう。
4 以上の検討結果に照らすと、原判決の考え方は、経済的価値の観点からみても問題があり、採用することができないと考えられる。
補足意見(沖野眞已)
裁判官沖野眞已の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に賛同するものであるが、事案に鑑み、その趣旨及び判断対象について、意見を述べておきたい。
1⑴ 本件規定は、所得のうち「相続…により取得するもの」については、所得税を課さないと定める。したがって、その文理上、これに該当するためには、「相続により取得する」「所得」である必要がある。
相続税について、相続開始の際現に存する被相続人の債務(相続税法13条1項1号)を相続人が負担するものの、その負担に係る債務が、近い将来にその免除を受ける可能性が極めて高いこと等を理由に、「確実と認められるもの」(同法14条1項)に該当しないとして、課税価格に算入すべき価額からその金額が控除されなかった場合において、相続開始後に、相続人の下で当該債務免除の効力が生じたとき(以下「本件場合」という。)、当該債務免除に係る相続人の経済的利益は、相続人の下で実現したものである。
原判決は、当該債務免除に係る経済的利益を、所得税との関係においては、潜在的には相続により取得する経済的価値であるとみることができるとする。確かに、本件においては、私法上、相続人は、約定に従った分割金の一部支払という停止条件を付した債務免除の特約が付された金銭債務を相続しているとみられるから、債務免除益について、停止条件付きで債務免除を受ける期待権ないし地位を相続したとみることも考えられなくはない。しかし、本件において所得税の課税対象とされた経済的利益は、相続開始後に相続人が停止条件を成就させる行為(分割金の支払)をしたことにより、債務免除の効力が生じたことに係る利益であり、仮に上記の期待権ないし地位を相続によって取得したとみるとしても、その取得自体の経済的価値を観念してそれに対して所得税が課されたものとはいえない。したがって、上記の期待権ないし地位を観念したとしても、これをもって相続により取得した「所得」とみることはできず、本件債務免除益について本件規定の該当性を肯定するのは文理上困難である。
また、仮に、当該債務免除に係る経済的利益を、所得税との関係においては、潜在的には相続により取得する経済的価値であるとみ、かつ、その経済的価値が、相続税の課税価格に算入されなかった当該債務免除に係る部分の債務の経済的価値と実質的に同一であるとみるとしても、相続税課税において、その経済的価値が課税の対象とされたものとみることはできないから、相続税と所得税との間の二重課税の排除を図る本件規定の趣旨に照らしても、本件規定に該当するとみることはできない。
したがって、当該債務免除益に係る所得について、本件規定の「相続…により取得するもの」に該当するとするのは、本件規定の文言及び趣旨を超える解釈といわざるを得ない。
⑵ 原判決は、本件場合における相続人の担税力の増減に関して、相続税課税と所得税課税との間での相続債務の負担による担税力への影響に関する評価が相反することを問題視して、当該債務免除益に係る所得が本件規定に掲げる所得に当たるものと判断したものと解される。すなわち、原判決は、相続財産の課税価格の算定において相続債務の金額が控除されるのは、それに相応して担税力が減殺するためであり、所得税について債務の免除によって所得が発生するのはそれによって担税力が増加するためであると考えられるところ、ある相続債務について相続税課税においてその負担によって担税力を減殺させるものではないという評価又は扱いをしながら、所得税において、その免除によって担税力が増加するという評価又は扱いをすることは、その債務負担により担税力が減殺していたという評価が前提となるはずであるから、同一の債務の負担に関する担税力への影響についての評価が相反することを問題視した上で、その解決を、相続税と所得税との調整を行う本件規定を適用することによって図ろうとするものと考えられる。
しかし、本件規定が、およそ一般に所得税課税と相続税課税における担税力に関する評価の調整を行うものと解することはできず、飽くまでも所得税と相続税の二重課税の排除をしようとするものである以上、上記⑴のとおりであり、本件規定をもって上記判断に示された問題意識に対応するのは、租税法規の解釈として無理があるといわざるを得ない。
2⑴ もっとも、原判決が指摘する上記1⑵の担税力に関する評価は、債務免除益に対する所得税課税の根拠との関係で、本件場合における相続人の債務免除益の所得該当性に影響するとも考えられる。
すなわち、例えば、仮に債務免除益に係る所得税課税が、債務の免除に対応して消極財産が減じ、それによりプラスマイナスの総財産が増加して、所得税法上、資産が増加して担税力が増加することに着目するものと考えるならば、相続人が承継した相続債務について、相続税課税において(将来の債務免除の可能性の高さ等を考慮して)課税価格の算入から控除されなかった場合には、債務免除の前提となる債務負担において担税力を減殺するものではないと評価されそのように処遇されているのであり、そうである以上、担税力を減殺しない債務の負担について当該債務が免除されることによって担税力が増加したと評価されるものではなく、したがって、当該債務免除によって資産の増加は生じないという考え方があり得る。 また、債務免除益に係る所得税課税が、借入金債務の免除の場合のように、対応する経済的価値の流入を減殺していた債務が免除されることでそれに相応する経済的価値分の減殺の前提が崩れ、それにより担税力が増加することを捉えるものと考えるならば、包括承継である相続によって、相続財産(積極財産)と相続債務が承継される場合、相続財産(積極財産)と相続債務との間には、上記借入金とその返済債務と同様の構造を見出すことができる。そして、相続後における相続債務の免除は、この構造を免除の範囲で覆すことになるから、これに相応した相続財産(積極財産)の取得による経済的価値につき、担税力が増加するとみることができる。 そうだとすれば、相続税課税において、そもそも、相続債務の金額が相続財産(積極財産)の課税価格から控除されなかったのであれば、当該債務については上記構造の成立が認められなかったということとなるから、その後に免除がされても、それにより担税力が増加するものではないという考え方もあり得る。
⑵ 以上は、相続債務の債務免除益に係る所得税課税において、直ちにこれらの考え方が採られるべき旨を述べるものではない。 上記⑴は、相続税は一種の所得税であり両者は共通する性格を有するという理解の下、具体的な事象の評価及び扱いを統一的、共通的に行うべきであり、相続税の課税において債務控除の対象とならないとの評価及び扱いがされた場合、所得税課税において同様の評価及び扱いがされるべきであることを前提としている。しかし、所得税と相続税に上記のとおり共通する性格を有する面があるとしても、相続税法は、本来は相続人等の所得税の課税対象となるべきとも考えられる相続財産の取得について、所得税法とは別個に、固有の課税体系を設けているのであって、特別の規定がない限りは、具体的な事象の評価及び扱いは、それぞれの領域ごとに独立してされるべきであるとの考え方もあり得る。このような前提に立てば、本件においても、相続税法上、本件債務が(相続税法上の観点からの)担税力を減少させるものではないと評価されるべきものであるとしても、借入金債務である本件債務について免除の効力が生じることについて(所得税法上の観点から)担税力があると評価することが妨げられることはないと考えることもできる。
反対意見(石兼公博)
裁判官石兼公博の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見と異なり、原審の判断は是認することができ、本件上告を棄却すべきであると考えるので、以下、その理由を述べる。
1 相続税法13条1項1号は、相続税の課税価格に算入すべき価額から、被相続人の債務で相続開始の際現に存するものを控除する旨を定め、同法14条1項は、相続税の課税価格に算入すべき価額からその金額を控除すべき債務は、「確実と認められるもの」に限る旨を定めている。これらの規定は、債務の弁済に必要な資金を相続税課税の対象外とすることによって、これを相続人に留保させることを意図したものと考えられるところ、このことは、上記各条項所定の債務が、相続人の担税力を減少させる要因として評価されていることを意味する。すなわち、当該債務は、担税力を減少させるものとして、消極的経済的価値を有するものと捉えられている。
これを本件についてみると、本件相続に係る被上告人らの相続税において、本件債務は、相続税法13条1項1号及び14条1項所定の債務に当たらないものとして、その課税価格に算入すべき価額から控除されなかったのであり、これによって、本件債務は、担税力を減少させる価値を有するものとは評価されずに、これに相当する経済的価値が相続税の課税対象となったということができる。このような本件債務が相続の後に免除されたことによって被上告人らが受ける経済的利益に対して所得税を課すことは、本件債務が担税力を減少させるものであったために、その免除が担税力を増加させると評価することを意味するものと考えざるを得ない。 すなわち、本件債務は、相続税課税時には担税力を減少させる価値がないと評価されたものの、所得税課税時には担税力を減少させる価値があるという異なった評価を受けたため、本件債務という同一の消極的経済的価値に対して、所得税と相続税が二重に課税されたものということができる。
2 本件において、本件債務が免除されたことによって被上告人らが受ける経済的利益に対して所得税を課すことが二重課税に当たらないとする論拠には、「相続税の課税対象は積極財産であって、消極財産(債務)はその課税価格を算出する際の控除要素にとどまり、課税対象に含まれない」というものが考えられる。
確かに相続税法は、債務に関する規定を、相続税の課税価格に算入すべき価額との関係で設けているが(13条1項1号、14条1項)、課税価格(課税標準)は飽くまでも課税対象(課税物件)を数量化して税額を算出するための概念であって、相続税の課税価格の算出に当たって債務が控除されるか否かは、その課税対象の範囲にも関わる事柄とみるべきである。そして、所得税においては、「課税対象は積極財産に限り、消極財産は課税標準の算出に当たって考慮されるにすぎない」とは考えられていない。多数意見も引用する最高裁平成22年7月6日判決は、本件規定の趣旨を「相続税…の課税対象となる経済的価値」に所得税を課さないことと判示しているが、以上でみたところによれば、ここでいう「課税対象となる経済的価値」を、積極財産に限定すべきであるとは考えられない。そうすると、本件債務の消極的経済的価値が相続税の課税価格の算定において控除されなかったことは、単に課税標準の算定の問題にとどまるものではないというべきであって、上記1のとおり、これに相当する経済的価値が相続税の課税対象とされたことを意味するものと理解すべきである。
3 以上によれば、本件において、本件債務の免除により被上告人らが受ける経済的利益に対して所得税を課すことは、同一の経済的価値に対する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除する趣旨の規定である本件規定に反するものであり、本件各処分は取り消されるべきであると考える。 ( 裁判長裁判官 沖野眞已 裁判官 林道晴 裁判官 渡辺惠理子 裁判官 石兼公博 裁判官 平木正洋)